タイ王国で経験した華やかな葬儀体験

ところ変われば品かわる、とはよく言うものです。同じ日本国内においても地域性や県民性といった相違点から、常識や概念といったものの違いに驚くことは多々あります。そして、これが海を越えた海外となると、その違いの大きさは非常に大きなものとなります。日々の生活における些細な部分でも違いというものはあるのですが、その連綿と紡いできた日々の生活を終えた後。葬儀の場においても日本のそれとは大きく異なります。タイ人女性と国際結婚に至った私が、妻の実家のあるタイ王国の片田舎で暮らしていた時、妻の父が病気の為に鬼籍に入ることとなりました。その際に地域の慣習にのっとった葬儀を体験したのですが、これが日本では考えられない程の華やかな葬儀体験となりました。日本に限らず葬儀といえば厳粛なムードに包まれ、粛々と進行していくのが通常かと思われます。以前、オーストラリアでも葬儀に参列したことがありますが、やはり、そのようなものでした。しかし、妻の実家での葬儀はまるでお祭りのように賑やかなものでした。

義理の父が亡くなった翌日には、庭先に遺体を収める色鮮やかな仮の廟が建てられ、そこに安置された義父の顔を見に近隣の人たちが集まってきます。そして集まった人たちに料理や酒が振舞われ、三日後の火葬まで宴席が昼夜続くのです。家によっては歌手や踊り子などを手配する場合もあります。まさに村をあげての呑めや歌えの大宴会です。鬼籍に入った者は十日間は現世に残り、その後に天に昇るという考えから、故人の好きだった料理や歌を皆で楽しむためのものだそうです。そして三日間の宴会が終わると、仮の廟に木の車輪を取り付け、そのまま火葬場まで引いていきます。その綱を握るのは葬儀の為に出家した男性縁者と決まっていて、近隣の者や出家の終えていない若い親戚たちはたち、廟を囲んで踊り歌いながら火葬場へと向かいます。

大名行列さながらに道路の真ん中を行く一団に、行き合わせた車やバイクなどは停車して見送るのが礼儀だそうです。そして数百人の人々に囲まれながら火葬が執り行われます。この時ばかりは厳かなムードで一切が執り行われます。その後、火葬された骨を縁者が集め、その一部をロケット花火の中へ詰め、天高く打ち上げます。打ち上げられたロケット花火が上空で爆発した時点で葬儀は終了となります。同じ仏教国ですので概念として理解できる部分は多々あるのですが、白と黒で統一された葬儀とは違い、赤、青、黄色等々、華やかな極彩色で囲まれた葬儀というのは、正に貴重な異文化体験となりました。しかし、複数の民族が混在するタイ王国にあって、国内全土が同じ葬儀スタイルなのかは定かではありません。これは旧ラナ王朝の領地であった地域での話しです。

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